皆さんは、埼玉県越生町に古くから伝わる「一里飴(いちりあめ)」をご存じでしょうか。
砂糖・水飴・はちみつという3種類のシンプルな原材料から作らている、昔ながらのべっこう飴です。
私にとって一里飴は、以前から身近にあった飴でした。
というのも、現在93歳になる親戚の女性が、長年この飴を好んで食べていたからです。
その女性は甘いものや果物が大好きで、毎日のように和菓子や飴を楽しんでいました。
先日、私はその食習慣について、糖と健康に関する自分自身の体験を交えながらブログに書来ました。
その記事をきっかけに、一里飴の原材料や歴史について興味を持つようになりました。
そして、ある小さな疑問から製造元に問い合わせたところ、思いがけず、伝統の味を守り続ける方々の貴重なお話を伺うことができたのです。
今回は、そのお話をご紹介したいと思います。
一里飴とは? 埼玉県越生町に伝わる昔ながらの飴
一里飴は、埼玉県入間郡越生町の住吉屋製菓で、昭和2年(1927年)から作られてきた伝統的な飴です。
昔ながらの直火製法で砂糖・水飴・はちみつを炊き上げた、素朴な味わいのべっこう飴として親しまれてきました。
実は、この一里飴には、さらに古い時代へとさかのぼる興味深い伝承があります。
そのルーツは、室町時代に生まれ、戦国時代に活躍した医学者・田代三喜にあると伝えられているのです。
田代三喜は、越生の梅林で採れた蜜を使い、薬としての飴を作ったといわれています。
もちろん、当時の飴が現在の一里飴とまったく同じものだったというわけではありません。
しかし、蜂蜜を使った飴にまつわる物語が、長い年月を経て今に伝えられていることに、私はとてもロマンを感じました。
小さな一粒の飴に、これほど古い歴史が秘められていたとは、思いもしなかったのです。
「一里飴」という名前に隠された、面白い由来
さらに興味深いのが、一里飴という名前の由来です。
昔、江戸の日本橋から品川宿まで、およそ一里の道のりを飴をなめながら歩いても、まだ口の中に残っていたことから「一里飴」と呼ばれるようになったと伝えられています。
一里は、現在の距離にすると約3.9km。
それほど長い間楽しめる、大粒の飴だったということですね。
原材料は、砂糖・水飴・はちみつの3種類だけ
私が一里飴に改めて興味を持った理由の一つは、その原材料のシンプルさでした。
現在の一里飴に使われているのは、次の3種類です。
- 砂糖
- 水飴
- はちみつ
植物油脂や乳化剤などは、表示されている原材料には含まれていません。
現代のお菓子には、さまざまな油脂や添加物を使用した商品もありますが、一里飴は昔ながらのシンプルな材料で作られています。
PUFA(多価不飽和脂肪酸)の摂取を意識している私にとって、このようなお菓子はとても興味深い存在です。
そして、ここで一つ疑問が生まれました。「この水飴は、何から作られているのだろう?」
昔ながらの水飴には、サツマイモのでんぷんを利用したものがあります。
さらに、一里飴は埼玉県で長年作られてきたお菓子です。
もしかすると、埼玉県産のサツマイモが使われていたのではないだろうか。
そんな想像が膨らみ、現在の製造元である井関食品さんに直接問い合わせてみることにしました。

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井関食品さんに直接問い合わせてみました
お忙しい中、井関食品さんからは、とても丁寧なお返事をいただきました。
現在の一里飴に使われる水飴の具体的な原料構成は確認できませんでしたが、一里飴の製造が住吉屋製菓から井関食品へ引き継がれた際の、製造にまつわるエピソードを教えて頂きました。
伝統の味を守るために、何度も繰り返された試作
一里飴は、2024年に井関食品へ製造が引き継がれました。
井関食品さんによると、その際に大切な条件となったのは、昔と同じ味を守り、生産を継続していくことだったそうです。
ところが、これまでの住吉屋製菓と井関食品では、工場の製造設備が異なります。
同じ原料を使用したとしても、設備や製造条件が変われば、まったく同じ味に仕上がるとは限りません。
そこで井関食品さんは、継続して使用できる自社の原料を生かしながら配合を調整し、何度も試作を重ねられたそうです。
そして、住吉屋製菓から味のお墨付きをいただくまで、時間をかけて調整を続けたとのことでした。
伝統の味を引き継ぐということは、ただレシピを受け取ることではないだと知り、胸が熱くなりました。
長年愛されてきた味を、これから先も楽しんでもらえるように、製造する方々が試行錯誤を重ねていらっしゃったのです。
大粒であることも、一里飴の大切な伝統
そして、井関食品さんからいただいたメールには、さらに興味深いお話が書かれていました。
実は、製造を引き継ぐ際には、もう一つ大切な条件があったそうなのですが、それが、一里飴の特徴である「大粒であること」だったそうです。
先ほどご紹介した名前の由来にもあるように、一里飴は長い距離を歩いても口の中に残るほど、大きな飴だったと伝えられています。
しかし、新しい工場では、従来の飴とまったく同じサイズにすることは難しかったそうです。
そこで井関食品さんでは、現在の成型機で安定した品質を維持できる、最大のサイズで製造されています。
以前の一里飴よりも、少し小さめになったとのことでした。
味だけでなく、大きさにも伝統を守ろうとする思いが込められていたのですね。
伝統を守るということは、単に昔と同じことを繰り返すのではなく、時代の変化に対応しながら、大切なものを未来へつないでいくことなのかもしれません。
PUFAを控える食生活から見た、一里飴の魅力
崎谷博征医師の理論では、PUFAの酸化しやすい性質や、エネルギー代謝との関係について、従来とは異なる視点が示されています。
私はその考え方に共感し、糖のエネルギー代謝を高めるため人工甘味料ではない、自然の甘味をしっかりと摂り、PUFAをできる限り避ける食生活を心掛けています。
砂糖・水飴・はちみつというシンプルな原材料の一里飴は、興味深いお菓子の一つです。
原材料を知ったうえで、おいしく楽しむことが大切だと思っています。
93歳の親戚の女性と、一里飴の思い出
私がこの飴を調べるきっかけになったのは、93歳になる親戚の女性でした。
彼女は昔から果物や和菓子が大好きで、毎日のように甘いものを楽しんでいました。一里飴も、その一つです。
周囲からは偏食だと言われることもありましたが、現在も大きな病気をせず、元気に暮らしています。
もちろん、彼女の健康状態が一里飴や甘いものによるものだけだとは言えないかもしれませんが、私にとって彼女の食生活は、糖と健康について改めて考えるきっかけになりました。
そして今回、一里飴の歴史や製造を引き継いだ方々の努力を知り、彼女が長年親しんできた飴が、以前よりもずっと特別なものに感じられるようになりました。
一粒の飴に込められた、日本の食文化と職人の思い
今回、私が最も感動したのは、一里飴の製造を受け継いだ方々の姿勢でした。
最初は、水飴の原料について知りたいという、本当に小さな疑問だったのです。
それが、製造元に問い合わせたことで、昔ながらの味を再現するために何度も試作を重ねたことや、飴の大きさにまで伝統を守ろうとする思いが込められていたことを知りました。
もし問い合わせをしていなかったら、私はこうしたお話を知らないままだったと思います。
私たちが何気なく手に取る一つのお菓子にも、長い歴史があり、その味を守ってきた人々がいます。
そして、時代が変わっても、その味を次の世代につないでいこうとする人々がいるのです。
日本には、このように大切に受け継がれてきた伝統的な食べ物が、まだまだたくさんあると思います。
今回の一里飴との出会いをきっかけに、私はそうした日本各地の伝統菓子についても、もっと知りたいと思うようになりました。
原材料のシンプルさや食文化の歴史を楽しみながら、PUFAを控える食生活という視点からも、少しずつご紹介していきたいと思っています。
昔ながらの小さな一粒の飴が、こんなにも豊かな物語を持っていたこと。
この素敵な発見を、ぜひ皆さんにもお伝えしたいと思いました。
最後になりますが、お忙しい中、貴重なお話を聞かせてくださり、ブログへの掲載も快く承諾してくださった井関食品株式会社のご担当者様に、心より感謝申し上げます。
これからも一里飴の懐かしい味が、末永く受け継がれていくことを願っています。
商品情報
一里飴(いちりあめ)
- 製造元:井関食品株式会社(大阪府豊中市)
- 発祥:埼玉県入間郡越生町・住吉屋製菓
- 原材料:砂糖(国内製造)、水飴、はちみつ
- 特徴:昔ながらの直火製法で作られた、はちみつ入りべっこう飴
- 内容量:80g(商品仕様による)

参考資料・取材協力
- 井関食品株式会社 ご担当者様からのメール回答(2026年11月)
- 井関食品製「一里飴」商品情報
- 東上沿線物語「伝統の味 一里飴 住吉屋製菓」(2021年)
※本記事の製造継承に関する内容は、井関食品株式会社に直接お問い合わせし、掲載の承諾をいただいたお話をもとにまとめています。
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